失敗しないデータ分析:「測れる問い」の立て方
データ分析に取り組む際、「何のために分析するのか」「何を知りたいのか」といった「問い」を明確にすることは、分析の成否を左右する最初の、そして最も重要なステップです。しかし、この「問い」が曖昧だったり、そもそもデータで答えが出せる形になっていなかったりすることで、分析が頓挫したり、期待した成果が得られなかったりすることは少なくありません。
本記事では、データ分析を成功に導くために不可欠な「測れる問い」に焦点を当て、その重要性、間違った問いの例、そして「測れる問い」を立てるための具体的な手順や考え方について解説します。
なぜデータ分析には「測れる問い」が必要なのか
ビジネスの現場では、「お客様満足度を向上させたい」「もっと売上を伸ばせないか」「業務プロセスを改善したい」といった、抽象的で重要な目標や課題が多く存在します。これらはビジネス上の「問い」としては非常に重要ですが、そのままの形ではデータ分析によって直接的に回答を得ることが難しい場合があります。
データ分析は、文字通りデータを収集し、分析し、その結果から何らかの示唆や洞察を得るプロセスです。このプロセスを通じて意味のある情報を得るためには、「データを使って検証できる」「データで回答を得られる」形式の「問い」である必要があります。このような問いを、本記事では「測れる問い」と呼びます。
「測れる問い」を持つことのメリットは多岐にわたります。
- 分析の方向性が明確になる: どのようなデータを集め、どのような分析手法を用いるべきかが定まります。
- 無駄な分析を避けられる: 関係ないデータを見たり、目的のない集計をしたりするリスクが減ります。
- 分析結果が具体的になる: 「Yes/No」「〇〇である/ない」「数値が〇〇である」といった具体的な回答が得られやすくなります。
- アクションにつながりやすくなる: 具体的な分析結果をもとに、次の行動や意思決定を論理的に導き出すことができます。
データ分析を阻む「測れない問い」の具体例
データ分析がうまくいかない原因の一つに、「測れない問い」をそのまま分析対象にしてしまうことが挙げられます。いくつか具体的な例を見てみましょう。
- 例1:「お客様満足度を上げるには?」 「お客様満足度」という概念は重要ですが、このままでは漠然としています。何をすれば「満足度」が「上がる」のか、データでどのように測るのかが不明確です。アンケートスコア?リピート率?紹介数?具体的な指標がないと、データ分析の方向性が定まりません。
- 例2:「この商品の売上が低いのはなぜ?」 売上低迷の原因を探ることは重要ですが、「なぜ?」という問いは、考えられる原因が多岐にわたるため、絞り込みが必要です。価格、プロモーション、競合、季節要因、ウェブサイトの導線、顧客層など、考えられる原因は様々です。どの「なぜ」にデータでアプローチするのかが不明確です。
- 例3:「ウェブサイトの使い勝手は良いか?」 「使い勝手」も抽象的な概念です。どのページで離脱が多いか?特定の機能は使われているか?ページ読み込み速度は適切か?ユーザー行動のどの側面に焦点を当てるべきか、具体的な指標がなければ分析できません。
これらの問いはビジネス上の課題を表現してはいますが、「データで何をどう見れば答えが出るか」が明確ではありません。このような「測れない問い」では、データ分析担当者は何から手をつけるべきか分からず、手当たり次第にデータを集計したり、一般的な分析を試みたりすることになり、時間と労力を浪費しがちです。
「測れる問い」を立てるための具体的なステップ
抽象的なビジネス課題や目標から、データ分析可能な「測れる問い」を導き出すためには、段階を踏んで思考を深めることが有効です。ここでは、そのための基本的なステップを紹介します。
ステップ1:ビジネス課題・目的を明確にする
まずは、データ分析を通じて何を達成したいのか、どのようなビジネス上の問題を解決したいのかを具体的にします。「売上を伸ばしたい」であれば、「新規顧客を増やしたいのか、既存顧客のリピート率を上げたいのか」といったように、より焦点を絞り込みます。この段階では、まだデータ分析の形式にこだわらず、純粋なビジネス上の課題を掘り下げます。
ステップ2:課題を分解し、仮説を立てる
明確になった課題に対して、考えられる原因や、課題解決につながると思われる要素をリストアップし、仮説を立てます。例えば、「既存顧客のリピート率を上げたい」という課題であれば、「購入後のフォロー不足がリピート率低下の原因ではないか?」「特定カテゴリの商品購入者はリピートしやすいのではないか?」といった仮説が考えられます。仮説は一つだけでなく、複数立ててみることが重要です。
ステップ3:仮説をデータで検証可能な「問い」に落とし込む
立てた仮説を、データを使って「検証できるか」「回答を得られるか」という観点から「測れる問い」の形に変換します。ここで具体的な指標や比較対象を意識します。
例えば、 * 仮説:「購入後のフォロー不足がリピート率低下の原因ではないか?」 → 測れる問い:「購入後〇日以内のメール開封率と、その後のリピート率に関連はあるか?」(メール開封率、リピート率といった指標で測れる) * 仮説:「特定カテゴリの商品購入者はリピートしやすいのではないか?」 → 測れる問い:「カテゴリAの商品を初回購入した顧客のリピート率は、カテゴリBの商品を初回購入した顧客のリピート率より高いか?」(カテゴリ別のリピート率を比較することで測れる)
このように、仮説の検証に必要なデータ項目や、データ間の関係性を意識することで、抽象的な仮説を具体的な「測れる問い」に変換することができます。
ステップ4:「測れる問い」になっているかをチェックする
立てた問いが「測れる問い」として適切かどうか、以下のチェックポイントで確認します。
- データで回答可能か?: その問いに対して、手元にあるデータや、これから収集可能なデータを使って具体的な回答(数値、分類、Yes/Noなど)が得られる見込みがあるか?
- 必要なデータは揃っているか?: 問いに答えるために必要なデータ項目(例:メール開封率、購入履歴、顧客属性など)は存在するか、または取得できるか?
- 問いは具体的か?: 誰が見ても同じように解釈できる、曖昧さのない問いになっているか?
- 回答がビジネスアクションにつながるか?: その問いに対する回答が得られたとして、ビジネス上の意思決定や具体的な次の行動を導き出すことができるか?
これらのチェックポイントを満たす問いであれば、データ分析を進める上で大きな方向転換や手戻りが少なくなる可能性が高まります。
「測れない問い」を「測れる問い」に変えた事例
ある企業で、「オンラインストアの顧客体験を向上させたい」という漠然とした目標がありました。担当者は「何から手をつけたら良いか分からない」と困っていました。
これはまさに「測れない問い」の例です。「顧客体験」は非常に抽象的で、データで直接測ることは困難です。
そこで、上記のステップに従って問いを練り直しました。
- ビジネス課題の明確化: 「顧客体験向上」の最終的な目的は、「顧客がスムーズに商品を見つけ、購入し、再訪してくれること」と定義しました。特に、購入に至らずに離脱している顧客が多いことが課題として認識されました。
- 課題の分解と仮説: 離脱の原因として、「サイト内の導線が分かりにくい」「商品情報が見つけにくい」「購入手続きが複雑」などの仮説が立てられました。
- 仮説の「測れる問い」への変換:
- 仮説:「サイト内の導線が分かりにくい」 → 測れる問い:「主要な商品カテゴリページから購入完了ページまでの平均クリック数は〇クリック以上か?」「商品詳細ページからの離脱率は〇%を超えているか?」
- 仮説:「購入手続きが複雑」 → 測れる問い:「カート投入後から購入完了までの離脱率は〇%か?その離脱はどの入力ステップで多く発生しているか?」
- チェック: これらの問いは、ウェブサイトのアクセスログデータや購入データから回答が得られる見込みがあり、具体的な数値で現状を把握し、改善点の特定につながることが確認できました。
このように、「顧客体験を向上させたい」という「測れない問い」は、「特定の導線における離脱率は〇%か?」「どの入力ステップで離脱が多いか?」といった「測れる問い」に変換されました。その結果、担当者は具体的なデータ分析に着手できるようになり、離脱率の高いページや入力フォームの特定に至り、UI/UX改善の具体的な施策立案と実行につながりました。
まとめ
データ分析を成功させるためには、分析のスタート地点となる「問い」が非常に重要です。特に、データで検証・回答可能な「測れる問い」を立てることが、分析の方向性を定め、無駄を省き、具体的な成果につなげるための鍵となります。
もし今、手元にデータはあるものの、何から手をつけたら良いか分からない、分析が漠然としてしまうといった悩みをお持ちであれば、まずは「測れる問い」になっているかを確認し、必要に応じて今回ご紹介したステップで問いを具体化してみてください。曖昧な問いを具体的なデータ分析の問いに変えるプロセスは、データ分析のスキル向上だけでなく、ビジネス課題を論理的に分解し、解決策を探る思考力の向上にも繋がるはずです。
次の分析に取り組む際は、まず「これはデータで測れる問いだろうか?」と自問することから始めてみてはいかがでしょうか。