期待通りの分析結果を得るために:関係者と「問い」を深く共有する方法
はじめに:データ分析の成否を握る「問い」の共有
データ分析を始める際、多くの場合、一人ではなくチームメンバーや他の部署の関係者と連携して進めることになります。上司から依頼を受けたり、他部署の担当者と協力してプロジェクトを進めたりする状況は一般的です。このような場合、データ分析の最初のステップである「問い」を、関係者間でいかに共有し、共通認識を持つかが分析の成否に大きく影響します。
分析者だけが明確な「問い」を持っていても、その問いが依頼者や最終的に分析結果を利用する人々の期待と異なっていれば、どんなに精緻な分析を行っても「求めていたものと違う」という結果になりかねません。これは、データ分析の時間や労力が無駄になってしまうだけでなく、関係者間の信頼を損なう可能性さえあります。
本記事では、データ分析における「問い」がなぜ関係者との間でズレやすいのか、そのズレが引き起こす問題、そして期待通りの成果を得るために、関係者とどのように「問い」を共有し、合意形成を進めるべきかについて解説します。
「問い」が関係者間でズレると何が起きるか
データ分析の「問い」に関係者間で認識のズレがある場合、以下のような問題が発生しやすくなります。
- 期待外れの結果: 依頼者はAについて知りたいのに、分析者はBについての問いを立てて分析を進めてしまう。結果として、依頼者の期待を満たせない分析結果が提出されます。
- 手戻りの発生: 分析結果を見た依頼者から「これは欲しかった情報ではない」「〇〇についても分析してほしい」といった追加や変更の要望が後から出てくることがあります。これは、最初に関係者間で目的や「問い」を十分に確認しなかったために起こる典型的な手戻りです。
- 分析目的の喪失: 何のために分析しているのか、その根本的な目的が関係者間で曖昧なまま進むと、分析作業そのものが目的化してしまいがちです。結果として、ビジネス上の意思決定やアクションに繋がらない、表面的な分析で終わってしまいます。
- コミュニケーションコストの増加: 認識のズレを解消するために、何度も報告や確認、議論を繰り返す必要が生じます。これはプロジェクト全体の進行を遅らせ、関係者の負担を増やします。
これらの問題は、データ分析のスキルやツールの問題ではなく、根本的な「問い」の共有と合意形成の不足に起因することがほとんどです。
関係者と「問い」を共有・合意する重要性
データ分析をビジネスの成果に繋げるためには、「分析すること」自体が目的になるのではなく、「分析を通じて何を知り、その結果をどう活かすか」までを明確にする必要があります。そして、この「何を」「どう活かすか」は、関係者全員で共有されるべき共通認識でなければなりません。
関係者と「問い」を共有し、合意形成を行うプロセスは、分析の方向性を明確にし、無駄な分析を省き、最終的な成果の質を高める上で不可欠です。依頼者、分析者、データ提供者、結果の利用者など、分析に関わる全ての人が同じ「問い」とその背景にある目的を理解することで、それぞれの役割の中で最適な判断や行動を取ることができます。
効果的な「問い」を関係者と作り上げるステップ
関係者と共通認識を持ち、効果的な「問い」を作り上げるためには、以下のステップを追うことが推奨されます。
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分析の背景と目的を深掘りする:
- 依頼や議論の出発点にある「なぜ、この分析が必要なのですか?」という根本的な問いを明確にします。
- 具体的なビジネス上の課題や意思決定の必要性が何かを掘り下げて確認します。単に「売上データを見て」と言われた場合でも、「売上が落ちている原因を探りたいのか」「特定施策の効果を知りたいのか」など、背景にある目的を理解することが重要です。
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期待されるアクションや意思決定を明確にする:
- 「この分析結果を見て、最終的に誰が、どのような判断を下し、どのような行動を起こすことを期待していますか?」と具体的に問いかけます。
- 例えば、「どの顧客層に注力すべきか判断したい」「次のキャンペーン内容を決めたい」「製品の改善点を見つけたい」など、分析結果がどのように活用されるかを明確にすることで、必要な情報レベルや分析の切り口が見えてきます。
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対象とするビジネス課題を具体的に定義する:
- 漠然とした目的や期待されるアクションを、具体的なビジネス課題の言葉に落とし込みます。「売上低下」であれば、「特にどの期間の、どの地域・顧客層の、どの製品の売上低下か」のように具体化します。
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ビジネス課題を分析可能な「問い」に変換し、合意する:
- 定義したビジネス課題に対して、「どのようなデータを見れば答えが得られるか」という視点で分析可能な「問い」を複数検討します。
- 例えば、「特定のキャンペーン対象者の購入率は、非対象者と比較して統計的に有意な差があるか?」や、「顧客セグメントXの解約率に最も影響を与えている要因は何か?」といった具体的な問いです。
- この分析可能な「問い」案を関係者に提示し、議論を通じて最も適切で、かつ関係者全員が納得できる「問い」を決定します。
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分析範囲、使用データ、制約を共有・確認する:
- 設定した「問い」に答えるために利用可能なデータは何か、データの取得範囲や期間、品質はどうか、分析に必要な時間やリソースといった制約事項を関係者間で共有し、実現可能性を確認します。
関係者との「問い」合意チェックポイント
関係者と「問い」について議論し、合意を形成する際に確認すべき初心者向けのチェックポイントを以下に示します。これらの点をクリアしているかを確認することで、後々の手戻りや認識のズレを防ぐことができます。
- 【共通認識】 この「問い」が解決しようとしている根本的なビジネス課題について、関係者全員が同じ理解をしていますか?
- 【目的明確化】 この「問い」に答えることで、誰が、どのような意思決定を行い、どのような行動に繋がるのかが明確ですか?
- 【具体性】 「問い」は抽象的すぎず、具体的なデータ分析の切り口や測定指標に繋がるレベルまで具体化されていますか?
- 【分析可能性】 現在利用可能なデータや今後収集可能なデータで、この「問い」に答えることは現実的ですか?
- 【解釈の一致】 この「問い」に含まれる言葉や概念(例:「優良顧客」「高頻度利用者」など)について、関係者間で解釈のズレはありませんか?
- 【期待値調整】 分析によってどこまでが分かり、どこからが分からないのか、期待できる結果と限界について、関係者間で合意できていますか?
これらのチェックポイントを対話の中で確認していくことで、「なんとなく」の依頼や「たぶん、こういうことだろう」という推測ではなく、明確な共通認識の上でデータ分析を進めることができます。
事例:問いの共有で成果が変わったケース
ある企業のマーケティング部門で、Webサイトのアクセスデータを分析し、サイト改善に繋げたいという依頼がありました。当初、依頼内容は「サイトのアクセス状況をまとめてほしい」という漠然としたものでした。
分析担当者は、この依頼に対して、単にPV数や訪問者数をまとめるのではなく、上記のステップに従ってマーケティング担当者と対話を行いました。
- 背景・目的の深掘り: 「サイト改善の目的は、最終的に何を達成することですか?」「アクセス状況を知って、どのように活かしたいのですか?」
- 期待アクションの明確化: 「特定のページへの誘導を増やしたい」「資料請求数を増やしたい」といった具体的な目的が引き出されました。
- 課題定義: 「特に、サイトに来ているのに資料請求に至らないユーザーの行動パターンを知りたい」という課題が明確になりました。
- 分析可能な問いへの変換・合意: 「資料請求ページに到達したユーザーと、それ以外のユーザーのサイト内での行動(閲覧ページ、滞在時間など)に違いはあるか?」「特定の入口ページからの流入ユーザーは、資料請求しやすい傾向があるか?」といった具体的な「問い」を設定し、合意しました。
結果、分析担当者は、単なるアクセス数だけでなく、ユーザーのサイト内導線や特定のページの離脱率などに焦点を当てて分析を行いました。これにより、「資料請求ページへ繋がる導線上の特定ページでユーザーの離脱が多い」「特定の流入経路からのユーザーはサイトをすぐに離脱する傾向がある」といった具体的な示唆を得ることができました。
この分析結果を受けて、マーケティング部門は離脱率の高かったページのコンテンツ改善や、流入経路別のランディングページ最適化といった具体的な施策を実行し、資料請求数の増加に繋げることができました。
このように、関係者と「問い」を深く共有し、具体化するプロセスを経ることで、単なるデータ集計ではなく、ビジネス上の具体的なアクションや成果に直結するデータ分析が可能になります。
まとめ:関係者との対話がデータ分析の質を高める
データ分析の最初の、そして最も重要なステップである「問い」の設定は、分析者一人が行うものではなく、関係者との密なコミュニケーションを通じて行うべき共同作業です。依頼の背景にある真の目的、期待されるアクション、そして分析によって何を知りたいのかを関係者と深く共有し、具体的な「問い」として合意するプロセスは、データ分析を単なる作業で終わらせず、ビジネス上の価値創造に繋げるための基盤となります。
今回ご紹介したステップやチェックポイントを参考に、データ分析を始める前にぜひ関係者との「問い」に関する対話の時間を設けてみてください。この小さな一歩が、データ分析の成果を大きく左右するはずです。